3月8日 岩手沿岸地域を訪れて

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昨日(7日)、岩手の沿岸地域に行ってきました。
チャリティーこけしで集まった義援金の半分を宮古市へ持って行ったのが去年の5月30日。
あれから1度も足を運べていないことがずっと気がかりでした。

何かボランティアをするわけでもないのに足を運ぶことにも罪悪感を感じるのですが、それでも「現状を見たい」という気持ちが上回り、思い切って行ってみました。


5月に行った時には宮古市が目的だったので、盛岡からまっすぐ宮古へ行ったのですが、今回は少し上の田老のあたりから見て行きたいと思い、龍泉洞で有名な岩泉を抜けて沿岸に出ました。



沿岸と言っても、すぐ後ろには山がある地域ですので、国道を走り続けている限りは山道が7割くらい、海が見える道は3割くらい。


ぐーーっと山道を登っていき、半分くらい下ったあたりで「津波浸水想定区域」と書かれた看板が現れます。
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この看板を越すと急に世界が変わるんです。この看板が現れるたびに緊張が走るようになりました。


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まだ海の気配を感じませんよね?ここはもう津波浸水想定区域の中です。よくよく見て行くとあちこちに津波の爪痕が残っていました。もう少し車を走らせれば一目で津波が来たことが分かるエリアに入ります。
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上の写真の2分後の場所です。
車からなので分かりにくいと思いますが、以前は何があった場所なのか、まったく分かりません。


山道―看板―津波の跡―山道……という繰り返しです。


田老、宮古の国道沿いのエリアは、瓦礫の撤去作業もずいぶん進んでいて、広い空き地のようになっていたり、住宅の基礎が残るだけ、という状態でした。
5月に行った時にたくさんあった「解体OK」と書かれた建物はもうほとんど見られませんでした。
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驚いたのが、こんな何もなくなってしまったエリアに、大手チェーンのコンビニやスーパー、ホームセンターなどが新しく建っていたこと。
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プレハブのローソンです。さきほどの写真はこのローソンの駐車場から撮った写真なので、すぐ裏手が津波に飲み込まれた場所ということです。むしろこのローソンがある場所にも津波は到達していたと思われます。


それから、写真には撮れなかったですが、あちこちで仮設商店が見られました。大手チェーンも頑張ってますが、やっぱり地元の人々が頑張れることが大事。プレハブの建物に「〇〇屋」と看板のかかった建物を見るたびに、胸が熱くなります。


仮設住宅もあちこちで見られます。
でも、びっくりするような場所に建っているんです。
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ここは宮古から山田の方へ向かうあたりだったでしょうか。
奥の方に見えるのが仮設住宅の集まりです。
周りにはなにもない、こういう山の狭間に仮設住宅だけが建っている、という場所が何カ所もありました。


先月、宮古市への支援を続けている黒石市役所から、仮設住宅に住む人々に送るという「ずぐり」の注文が来ていました。仮設住宅のみなさんが引きこもりがちになっているから、と。


たしかに、この立地を見れば引きこもりがちになることもうなずけます。
殺風景な場所に殺風景な仮設住宅。私だったら何をして過ごしているだろうと、考えるだけでも気持ちが落ち込みます。


また、こういった山の中とは真逆に、さきほどの津波浸水想定区域内の、あきらかに津波の影響で何もなくなったと思われる場所に建つ仮設住宅もありました。


外から見ているだけでも恐ろしい環境。そこに住むみなさんの不安な気持ちは想像もできません。


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パッと見ると、広い砂浜のようにも見えますが、住宅の基礎が見えます。何もありません。


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国道沿いは工事中の標識だらけ。あちこちで懸命な復旧作業が続いています。
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大槌の方はまだまだ瓦礫の処理などが終わっていない様子でした。
ボランティアの人たちでしょうか?たくさんの人たちが作業をしていました。

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もうすぐ1年が経とうとしている今にも残る生々しい津波の跡。
一瞬で崩れた世界なのに、1年かけても元には戻せないんです。
本当に悲しいことです。



でも…。
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あちこちにこういった「ありがとう」の看板が建っていました。
「勇気をありがとう」「生きる希望をありがとう」「いつか必ず恩返しします」そんな看板たちの中に、「津波の前より良い町にします」という看板がありました。


この地の人々はなんて強いんだろうと、どうしようもない気持ちになりました。
元に戻すのではなく、より良い町へ……。


「負けない!」「負けてたまるか!」そんな想いがビシビシ伝わってきました。



それと同時に、私たちは「ありがとう」と言ってもらえるだけのことをしてあげられているのかと、情けなさと恥ずかしさがこみ上げてきました。


今日も明日も被災地では復旧作業が続くわけです。
私は今日何をした?明日は何をする???1ヶ月後は?1年後は?


被災地のみなさんに直接的に何もできないのなら、せめてきちんと意味のある1日を過ごしたい…。気づいたら終わる一日ではなく、明日のための1日、明後日のための1日、1ヶ月後のための、1年後のための……。



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海はすごくキレイでした。何もなかったかのようにきれいでした。
悔しいくらいにきれいでした。



一日でも早く、この海を心の底から美しいと言えるようになるように……。




改めて1年という節目に、自分にできることを探していきましょう。
被災地のみなさんの「ありがとう」にきちんと応えられるように。





最後に。
岩手県の沿岸地域、津波の跡はまだまだ残っていますが、元気に頑張っているお店や施設もたくさんあります。


道の駅や市場に行ってお買い物をすることだって大事なことだと思います。沿岸地域の道の駅は魅力的なところが多いですよ!


もちろん岩手の沿岸地域に限ったことではありません。きっと宮城の被災地でも福島の被災地でも、元気に頑張る素敵なお店がたくさんあることでしょう。


「なにもできないや」と嘆くより、とりあえず行ってみる。それが大事だと思います。



本当に間もなく一年。

何もできなかった一年から何かしらやってみる一年へ、できること探しを続けて行きたいと思います。
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