報告~宮古市重茂地区を訪れて~①
2011年5月30日(月)、悪天候の予報の中、宮古市の重茂地区へ行ってまいりました。
協議会のメンバーと、公民館職員、そして私たち2人の6人で、朝7時に黒石を発ちました。
黒石近辺は小雨こそ降っているものの、大荒れという感じではなく、順調な出発でした。
黒石ICから高速に乗り、盛岡南ICで降りました。そこからは国道106号線をひたすら東へ。
宮古の市内までは、途中ほとんど山道です。
山間集落が点々とありますが、道路沿いからは地震の被害のようなものは何も感じられません。
津波さえなければ、本当に被害は極わずかなものに留まったのだろうということを改めて感じました。
盛岡と宮古の境界にある「区界(くざかい)」という道の駅に途中寄ったのですが、宮古のお土産品なども普通に並んでいます。
地震の影響を尋ねると、揺れはもちろん大きかったものの、ほとんど影響はなかったとのこと。
ひとくくりに「宮古市」と行っても影響に差はあるようです。
それを痛感したのが、宮古市の郊外部に入った直後です。
宮古市郊外には大型のチェーン店が並んでいます。大手洋服屋、ファーストフード店、レンタルショップ、そしてパチンコ屋。みんな普通に営業しています。
そして衝撃だったのがパチンコ屋さんにとまる車の数。駐車場の3分の2くらいは停まっていたのではないでしょうか?カラオケ屋にもお客さんのいる様子。
正直、びっくりしてしまいました。
もちろん、パチンコ屋さんもカラオケ屋さんも、商売をしていかなくてはいけないのは分かります。
自粛がよくないということも、もっともです。
ただ、頭が混乱していました。
ずいぶん市内に入ったような感じがしているのに、なかなか津波の傷跡は目に付きません。
もちろん元気に営業している店も、ほとんどが窓に「頑張ろう宮古!」の文字を掲げています。
実はもう復興してしまっているのか?とバカなことを考え始めたその時、急に景色が変わりました・・・。

(↑画像をクリックし、拡大してちょっと地図を頭に描きながら読んでください。地図は宮古市役所HPより)
宮古市役所周辺、津波の押し寄せた跡が一目で分かりました。
あちこちに残る瓦礫のあと。
そしてびっくりしたのが、建物にスプレーで書かれた「解体OK」「解体お願いします」の文字。

読めますか?赤いスプレーで書いてある「解体OK」の字。
この画像は市役所周辺の建物ではないのですが、こんな風に、赤い文字が、一見なんでもなさそうに見える家屋やお店にもたくさん書いてあるのです。
そういう建物をよくよく見ると、1階部分がガランとしていて、物を全て撤去したんだということが分かります。
上の地図に宮古市役所が書いてないのですが、宮古駅よりもう少し東へ行った、閉伊川のすぐそばにあります。海に面した、というよりは川と海の合流地点のそば、という感じです。
でも、宮古駅前はほとんど津波の跡は見えません。
このほんのちょっとの差で全く違う世界です。
衝撃を受けながら、私達はまずは宮古市の「魚菜市場」に向かいました。

この魚菜市場周辺もほとんど津波の影響は見えません(地図で場所をご確認ください)。

魚介・海草類のお店がたくさん並びます。

宮古産の野菜もたくさん!
宮古は海産物のイメージがありますが、お野菜もたくさん採れるようです。
この魚菜市場は地震後は停電などの影響でお休みしていたそうですが、1週間ほどで営業を開始したとか。
想像していた「被災地」との違いに驚きの連続です。

青空市のようなコーナーもあり、お母さん達が自分の作ったものを広げています。
山田の方から来ている方もいらっしゃいました。

お昼をいただいた市場内の食堂。
入ったときにも満員状態、食べている間にもかなりお客さんがいらっしゃいました。
このように、かなり日常の生活を戻している部分がありました。
ただ、一部であり、表面的なもの、というのも確かです。
では肝心の重茂地区の現状は・・・?
②へ続きます。
協議会のメンバーと、公民館職員、そして私たち2人の6人で、朝7時に黒石を発ちました。
黒石近辺は小雨こそ降っているものの、大荒れという感じではなく、順調な出発でした。
黒石ICから高速に乗り、盛岡南ICで降りました。そこからは国道106号線をひたすら東へ。
宮古の市内までは、途中ほとんど山道です。
山間集落が点々とありますが、道路沿いからは地震の被害のようなものは何も感じられません。
津波さえなければ、本当に被害は極わずかなものに留まったのだろうということを改めて感じました。
盛岡と宮古の境界にある「区界(くざかい)」という道の駅に途中寄ったのですが、宮古のお土産品なども普通に並んでいます。
地震の影響を尋ねると、揺れはもちろん大きかったものの、ほとんど影響はなかったとのこと。
ひとくくりに「宮古市」と行っても影響に差はあるようです。
それを痛感したのが、宮古市の郊外部に入った直後です。
宮古市郊外には大型のチェーン店が並んでいます。大手洋服屋、ファーストフード店、レンタルショップ、そしてパチンコ屋。みんな普通に営業しています。
そして衝撃だったのがパチンコ屋さんにとまる車の数。駐車場の3分の2くらいは停まっていたのではないでしょうか?カラオケ屋にもお客さんのいる様子。
正直、びっくりしてしまいました。
もちろん、パチンコ屋さんもカラオケ屋さんも、商売をしていかなくてはいけないのは分かります。
自粛がよくないということも、もっともです。
ただ、頭が混乱していました。
ずいぶん市内に入ったような感じがしているのに、なかなか津波の傷跡は目に付きません。
もちろん元気に営業している店も、ほとんどが窓に「頑張ろう宮古!」の文字を掲げています。
実はもう復興してしまっているのか?とバカなことを考え始めたその時、急に景色が変わりました・・・。

(↑画像をクリックし、拡大してちょっと地図を頭に描きながら読んでください。地図は宮古市役所HPより)
宮古市役所周辺、津波の押し寄せた跡が一目で分かりました。
あちこちに残る瓦礫のあと。
そしてびっくりしたのが、建物にスプレーで書かれた「解体OK」「解体お願いします」の文字。

読めますか?赤いスプレーで書いてある「解体OK」の字。
この画像は市役所周辺の建物ではないのですが、こんな風に、赤い文字が、一見なんでもなさそうに見える家屋やお店にもたくさん書いてあるのです。
そういう建物をよくよく見ると、1階部分がガランとしていて、物を全て撤去したんだということが分かります。
上の地図に宮古市役所が書いてないのですが、宮古駅よりもう少し東へ行った、閉伊川のすぐそばにあります。海に面した、というよりは川と海の合流地点のそば、という感じです。
でも、宮古駅前はほとんど津波の跡は見えません。
このほんのちょっとの差で全く違う世界です。
衝撃を受けながら、私達はまずは宮古市の「魚菜市場」に向かいました。

この魚菜市場周辺もほとんど津波の影響は見えません(地図で場所をご確認ください)。

魚介・海草類のお店がたくさん並びます。

宮古産の野菜もたくさん!
宮古は海産物のイメージがありますが、お野菜もたくさん採れるようです。
この魚菜市場は地震後は停電などの影響でお休みしていたそうですが、1週間ほどで営業を開始したとか。
想像していた「被災地」との違いに驚きの連続です。

青空市のようなコーナーもあり、お母さん達が自分の作ったものを広げています。
山田の方から来ている方もいらっしゃいました。

お昼をいただいた市場内の食堂。
入ったときにも満員状態、食べている間にもかなりお客さんがいらっしゃいました。
このように、かなり日常の生活を戻している部分がありました。
ただ、一部であり、表面的なもの、というのも確かです。
では肝心の重茂地区の現状は・・・?
②へ続きます。
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